つぶやき・・・

HPの日記とは別に、過去のエピソード、趣味のこと、ぼやき、疑問、考え事等、語らせていただきます。

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うーん

やっぱりブログのお引越し考えないとだめかなぁ・・・・
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後ろを振り向くと(BlogPet)

最中だったが・・・
結局出ないままカードは使い切ってしまった


後ろを振り向くと、これまた「ええぇ~」
いですm(__"m)
ペコリ
でも、最近ちょっと落ち着いてるんてぇ~~~~(涙)

次の箱を消化・・・
でない・・(汗)

2箱残した状態でしばらく考えたが、ショックが大きくて打つ気がしなくなって打ってたけど、どちらのお姉さんきっとかなり後悔した


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「サイファ」が書きました。

クリック(BlogPet)

きょうは奇数へ交換したかったみたい。
がここへRINOが駐車した?

やっておいた(爆)

よくぞ頑張った!!おぉ立派、立派!!w(゚o゚)wオオー! もしかし、このまま逃げ切ってくれた。
運がよければこの中におさまっている。

「でも1位じゃん!!

男の子が全員ゴールしていたら、また抜かされて入賞はペケ×か??なんて勝手に大きな期待をしてゴールになる。
ゆうとの最終的な目標は5位以内に入るとご褒美のひとつでも・・
相変わらず練習は好成績でした。
確か去年は12位という順位を上げて戻ってくるよーーー(爆)4位に順位を持ってきたときは様子がわからないので、本番でもまぁ大丈夫かな・・
「それじゃ~~。
いいなぁ~」
校庭の向こう側を走ってきていることにしたが、今年は勝手がわかってるため、最初は裏門の近くで待ち構えているときは、「ゆうとくんよっ!」
「でも、目標は5位以内と決めたようだ。
練習で4位以上にはなれなかった。
毎年この季節に行われるマラソン大会。

1年ってほんと早いです。
今年は昨日が本番でした。
運がよければこの中におさまっているだろう。
一緒に学校まで行くことに。

先頭の団子集団の真ん中あたりにまぎれて走っていることにしたお母さんの娘さんも去年12位でもクラスでは今年もぶっちぎりで同じ子。
しかし、後ろからも距離をあまり開けずにすぐ前を走る子。
この子はかなり早いみたいで・・・クリック
練習ではないはずである)だったようである。
だから1位を狙えるのでまぁそういう事故もありうるのよね。



さて、昨日の本番。
結局ゆうとを見つけてくれぇ~~」
( ̄ ̄□ ̄ ̄)チッ サイファはモノでは、口では6位!!おぉ立派、立派!!」とサイファより先にゆうとと話した。
ゆうとの前後、間をほとんどあけずに2~3人走っていたのだし・・団子になって走るのではないはずである)だったが・・ゆうとを見つけて教えてくれた。




よく頑張ったね♪」って誉めたけど、少々複雑な思いがあったようだし、10時ちょい前に家をでたところで、サイファも期待に期待していたら、また一緒にいたお母さん「ゆうとくん、いたもんだから中途半端な場所にいたのは相当難しいことはサイファの方は一足早くゴール位置で待ってたようで、先頭は去年8位だったらしい。



去年の様子はこちら・・」

(; ̄ー ̄川アセアセ

マジで狙ってたが、今回今この位置で大丈夫なのか??(爆)

賞状(といってたようだ。

2年生は1等とったらご褒美ね」と一応誤魔化しておいた。
その時点で6位(これは途中で押されて転ばされさらに蹴飛ばされるという災難にあったのだが(笑)
2度目の練習でもいつも1位だろう。


くるくるくるくる・・・。
顔では??いささか不安が走る。


一緒にいたが・・クリック
練習では2位以下を大きく離してゴールしないうちに女の子も戻ってきたようである。


いよいよ2年生の男子がスタートしたが、「男の子は早いからゴール位置に移動。


外を走ってる子供たちの脇を抜けて校外にでるところ。
写真はもう無理。

でもね、やる気を失くしたら大変だから・・
「それじゃ~、うちは1位だった(笑)

どうも家の子のクラスはのんびりやさんなのか・・」

(; ̄ー ̄川アセ (;-_-;)oドキ♪

しばらくすると早速先頭の子らしい。

「このままいけば今年はもしかして1位じゃん!!我が息子!!」
ゴール直前にようやく我が子が正門から校内にもどってきているだろう。
一緒に学校まで行くことに。

先頭の団子集団の真ん中あたりにまぎれて走ってきた。
家の子はどこじゃ~~。
もしや、また抜かされたりの子供たちが教室に戻る際に少しだけゆうとは??(爆)

よくぞ頑張った!!

男の子が全員ゴールしてゴールになる。
ゆうとを見つけてくれぇ~~~??
と思っていた。



去年は校庭を1周していたら、また一緒にいたが・・団子になってくるのか??見分けがつかないよぉ~~。
いいなぁ~」
校庭の向こう側を走っているようで、バッタリ。
一緒に学校まで行くことにしたお母さんが「あっ、ゆうとくんよっ!!!w(゚o゚)wオオー! もしかし、このまま逃げ切ってくれた。

一緒にいたお母さん「ゆうとくん、いたわよっ!」
「でも1位の子は短距離も早い。
ぶっちぎりの速さで2位というそれでも立派な成績にもかかわらず、少し複雑な思いをした。
その時はもうサイファたちのラストスパート合戦がはじまっていたお母さんが、その後は次々と戻ってから校庭を5周するとばかり思っていたら、また抜かされて入賞はペケ×か??
と思っていたが、今回今この位置で待ってたんかい??((o(^∇^)o))わくわく←サイファの期待が大きすぎて、8位でゴールイン。
これも立派なものじゃなくて小さなものらしいが)は後日いただけるそうで・・結果は・・。
他のクラスに早い子がいるんだかさっぱり解からないけど、一応カメラを構えてぱちりとやってまいりました。
確か去年は先頭で裏門を出たとかいっても練習ではないはずである)だった。

今年も4位だってお母さん大満足だよ~♪
「でも、クラスでは、今年・・」

(; ̄ー ̄川アセ

マジで狙ってたようだし・・
相変わらず練習は好成績でした。
毎年この季節に行われるマラソン大会。

1位の子が多いらしい。
やっぱりね。


で・・結果は・・。
って、サイファは12位なんじゃないかな?本人はさらに上を狙ってたほうがいいわよ。
サイファより先にまた一緒にいた。


一緒にいたわよっ!!!我が息子!!

男の子が全員ゴールしないうちに女の子も戻ってきている。

「でも1位をとるのは否定できなかったらしい。


くるくるくるくる・・本日は順位表だけもらってきたときは様子がわからないので、去年と同じルートである。
だから1位だったが・・
「それじゃ~、1位がよかった・・。
顔では釣らんぞ。


でもね、やる気を失くしたら大変だから中途半端な場所にいたのは相当難しいことはサイファにもわかる。
それでも本人が頑張っても立派。
去年は1位の子らしい。

「このままいけば今年は昨日が本番でした。


去年の様子はこちら・・と思っていたら、また一緒に学校まで行くことに。


一緒にいたが、今年はもしかして1位だろう。


くるくるくるくる・・団子になって走るのでまぁそういう事故もありうるのよね。



さて、昨日の本番。
結局ゆうとの最終的な目標は5位以内だった(爆)4位だけどクラスでは今年も2位という順位を上げてのゴールだったんでしょ? 立派じゃん!」とサイファより先にゆうとは去年も今年もぶっちぎりで同じ子。
しかし、後ろからも距離をあまり開けずにすぐ前を走る子。
この子はかなり早いみたいで・・」

(; ̄ー ̄川アセ (⌒∇⌒。
)三(。
⌒∇⌒)。
ワーイ
去年のリベンジだわーー。

どこに我が子を発見4位だってお母さん大満足だよ~♪
「でも、目標は5位以内に入るとご褒美のひとつでもまぁ大丈夫かな・・。
他のクラスはのんびりやさんなのか・・・と思っていたのだし、10位以内と決めたようである)だったが・・結果は・・
「それじゃ~~??(爆)

去年はどんなに頑張って1位じゃん!!」
「でも1位の子はダントツだった。
そしてそのままゴールインワーイ。
(⌒∇⌒。
)三(。
⌒∇⌒)ノ☆.。・:*:・゚`★.。・:☆♪



*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「サイファ」が書きました。

またいつもの症状がではじめてます(BlogPet)

今日気分と、大きい気分とか、気分とか、気分などをもやもやしなかったの?
心をもやもやしなかったの?
私の気分がです

ヤバイです

またいつもの症状がではじめてます
今日大きい気分とか、気分とかではじめてます
今日はサイファが、症状と広い気分などではじめてます
だって♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「サイファ」が書きました。

留守番電話

これも一人暮らしをしていたときのことです。

仕事から帰ってくると留守電のランプが点滅していました。
さっそく聞いてみると・・・3件はいっていました。
3つとも家族から、つまり、父、母、姉からだったのよ。

当時父は会津方面(正確に言うと下郷町)に単身赴任、母は実家で一人、姉は東京住まいというみんなバラバラの生活。
それが珍しいことに同じ日に3人からメッセージが・・・
でも、それ、聞いてみると・・・

まず母・・
「もしもしRINOちゃん? お母さんだけど・・・また電話するから・・・」
そして姉・・
「もしもしRINO? ねぃちゃんだけど・・・また電話するから・・・」
父・・・
「もしもしRINO? お父さんだけど・・・また電話するから・・・」


・・・(- -) (- -) (- -) (- -) ・・・・

みんな同じじゃんかぁーーーー!!!!!

けどさ、一日に家族3人から電話が入るなんて後にも先にも私の人生でこの一回きりだったのよ。
でさ、気になって姉に電話してみたら・・・

「別にたいした用はないよ~。かけただけ~」

だったよ・・_| ̄|○

ってことは、あとの二人も別に緊急の用事じゃなくて、ただ掛けただけ・・・だったんだろうな。その後、電話なかったし。。。ε- (´ー`*) フッ

電話

一人暮らしを初めて間もない頃のことです。
仕事から帰って夕飯を終え、のんびりテレビを観ていた時電話のベルが鳴りました。

「もしもし?」
「あっ、RINOちゃんかい?」
「はいそうですけど・・・」
「おばちゃんだけど!」

おばちゃん??ハッキリ言って、わかりません!!!!
私にはおばさんと呼べる方は何人かいますが、小さい頃からうちの家族だけ内地に来てしまったため、親類関係の顔すら思い出せない人もいます。
その中で唯一声だけ聞いてわかるおばさんが一人だけいます。
やたら声がでかく、やたらおしゃべりな伯母さん。
受話器を4~50センチ離した状態ででも、はっきり何を喋ってるのか聞き取れるほどでかい声でしゃべるのよ! なので、普通に受話器を耳にくっつけてると電話の後耳が痛くなるほど・・・。

まぁ、そんなことはどうでもいいとして、その電話の相手はそのおばさんではないことはわかった。
しかし、どのおばさんかわからん・・・・(-_-;

私がいろいろ頭の中で思い出そうと思わず沈黙してると・・・
「おばさんだよ。わからない?」
「はぁ・・・」
「RINOちゃんだよね?」
「そうですけど・・・」
「おばちゃんのことわからないの?」

( ̄へ ̄|||) ウーム そういわれても、思い出せない・・とういうか、声だけではどのおばさんか判断できない・・・。

「えっと・・・どちらのおばさんですか?」
「(゚ロ゚;)エェッ!? RINOちゃん本当にわからないの??」

なんか、相手が不信がっている。だいたい、当時私に電話かけてくるようなおばさんっていなかったんだよね~。実家にいた時には上記に書いたでかい声のおばさん(父の姉にあたる)とはたまに喋っていたけどさぁ~。

「すいません・・・わからないです・・・」
申し訳なさそうに言ってみるが・・・だいたい相手も「おばちゃん、おばちゃん」言ってないで、こっちが判らないでいるんだからどこの「おばちゃん」だかさっさと名乗ってくれよ~~~!!

と思っていたら・・・
「RINOちゃん、いつもと声が違うけど・・○○RINOちゃんだよね?」
○○・・・(゚Д゚) ハア?? 私と全然苗字が違うじゃん!!!!!
間違い電話だよっ!!!!!!

「あの~、私確かにRINOといいますが、○○RINOではないですけど・・・」
「ええ??○○RINOちゃんじゃないの??でもRINOちゃんなんでしょ?」
「そうですけど、苗字は違います。お掛け間違いではないでしょうか?」
「あっらぁ~~~!!!ごめんなさいねぇ~~ヾ(  ̄▽)ゞオホホホホホ」

   ガチャ!!!

偶然にもかける相手先が同じ名前だったのね~~。と私もびっくりしたが・・・
他人の家に電話かけたときはとりあえず苗字ぐらい確認しろよぉ~~!!

・・・ったく、人騒がせな「おばちゃん」だったわ!!!

読書感想文

小さい頃から本を読むのが好きだった。
そう、読むのが好きだったのよ。
読んだあとの感想・・・「面白かった」「つまらなかった」
私の場合そんなもんである。その程度の感覚でしか感想というものがでてこなかったのである。
ってことで、読書感想文・・・・大の苦手だったわよっ!

でもさ、小学校も高学年ぐらいになると夏休みの宿題に読書感想文なるものも必須になってくるわけなのよね。
それでも小学校の頃はまだいろんなジャンルの本を読んでいたから、きちんと真面目に本を読んで、苦手なりにもそれなりに適当に書くことができたのよ。

ところがよ!!!中学・高校に入ってからが悪夢だった!!
感想文の宿題は毎年夏休みの一番最後に私を悩ませる過酷なものとなった。
というのも、中学に入ってからの私はミステリーに目覚めたため、他のジャンルの作品、純文学作品なんか全く読まなくなったのよね。
はっきりいって読んでても何がいいたいのか、どこが面白いのかさっぱり理解不能状態だった。私の理解力なんてその程度のものである。
もともと理数系のほうが得意な私は推理小説のように犯人探しという目的がしっかりあるストーリーはすらすらと抵抗なく楽しく読めても、有名作家が書いた文学作品は何がなんだか、この人はこの作品でいったい何が言いたいの??の世界でさっぱりだったのである。
誰でも1冊ぐらいは読んでいそうな夏目漱石、太宰治、宮沢賢治、芥川龍之介etc.・・・
私はこれらの作家の本をまともに読んだことがない。読もうと試みたことはあったが最初の10ページぐらいで限界であった。その時点で読む根性もなくなるため、最後まで読んだこともない。
当然私の感想は「つまらない」しか出てこない。これには困った。
かといって推理小説で感想文を書くわけにもいかない・・・・。

ってことで、中学時代からの私の読書感想文攻略法はかなり強引というか手抜きというか・・・ずるっこというか・・・(汗)

まず、中学1、2年のとき・・・、この頃は姉もまだ高校生だったため感想文の宿題があった。私は姉と同じ本を読み、姉の感想文を半分ぐらいはパクッタ。本を選ぶのは私であったり姉であったりしたが、私が選ぶものは大抵短編。そう、何十ページ、何百ページもあると最後まで読めない上に、かえって感想がまとめ難くなるためである。
しかし、この中学1年のときに姉の感想文を半分パクッタものが予想外の結果をもたらしてしまう。なんと、1年の終わりに学校から出される冊子にこの感想文が載ってしまったのだ∑(゚◇゚;) ゲッ!!

姉は私と比べると本はほとんど読まない人であった。だから感想文もそんなに得意なほうではないだろう。半分ぐらいぱくってもまぁ大丈夫だろうと思っていたのだが・・。
やっぱり高校生の書く文章ってそれなり・・・だったのね(滝汗)
ヤバヤバヤバ~~と思いながらも、まぁ載ってしまったものは仕方がない。しかし、かなりこっぱずかしかったのは覚えている。
いや、姉の感想文が恥ずかしかったのでなく、パクッタものが載ってしまったのが恥ずかしかったのだ。
にもかかわらず2年生のときも姉の感想文をところどころパクッタけどね・・フフンフーン・・・(  ̄3 ̄)~♪

さて、それ以降、中学3年から高校生にかけてはもう頼るべき姉がいなかった。。。自力で書かなければいけなくなってしまったのだ。
これがなんともかんとも苦痛で苦痛でしかたなかった。
苦し紛れに私がとった方法とは・・・・
まず、短編を選ぶ。小さい頃読んだことがある本を選ぶ。あとがきがしっかり載っている本を選ぶ。であった。。。

理由は簡単である。長編を読むのが苦痛だから短編を選んだ。小さい頃読んでるということはしっかり読まなくてもそれなりになんとなく話を覚えているし、小さい子でも読める本というのは何を伝えたいのかがわかりやすいものとなっている。そして、あとがきがしっかり書かれてるものは物語の筋や感想なども書かれていることが多かったからである。
しかし、この3つ全部兼ね備えている本を探し出すのもなかなか難しく、つまり、内容を読むのが面倒で何がいいたいのかわけわかめな物に関しては本編を読まず、あとがきだけ読んで感想文を書いたこともあるというかなり無謀なこともしてきたのだ。
私って・・・真面目なやつだと思ってたけど、もしかしてすっごくいい加減???(爆)

とにもかくにも、高校3年の夏休みが終わった時、読書感想文からも開放されてホッとしたのは言うまでもない。

しかし、夏休みの読書感想文と同じぐらい私をなやませていたのがもう一つ。冬休みの必須宿題である「新年の豊富」である!!
別に年が明けたからどうだっていうのか・・・という、当時からかなり冷めていた私は、当然年が明けたから新たに何かをやろう!!なんて目標を立てる訳もなく・・・。「新年の抱負」なんぞ言われてもべつになし・・・。だったのだが、「なし」と書くわけにもいかず。無理矢理原稿用紙2枚だか3枚だかのノルマを毎年毎年同じようなことをしらじらしく書いてやり過ごしたような気がする。

ったく・・・毎年毎年思ってもないこと書かせるなよっ!!!

と、当時は思っていた。いや、今でも思ってるけど。作文や感想文の宿題ってみんな真面目に書いてたのかしらね???
っていうか、書いてましたか???(笑)

謝罪

去年、お向かいのお宅に自転車ごとつっこみ、植木鉢を割りました。
お友達が遊びに来るのを待っている間、テンションが高くなっていたようで、余所見をしながら走らせて突っ込んでいったようです。
夜、菓子折り持ってあやまりにいきました。
でも・・・お向かいのお宅とってもセンスがいいんです。
菓子折りのほうが安かったかもしれない・・・。

今年の初夏、公園の滑り台の下に出来てた蜂の巣に石を投げて、公園のお隣のお宅のガラスを割りました。
お友達と3人で遊んでいて、公園に行く前に私もちゃんと「蜂の巣に石なんか投げちゃダメだからね!!」って3人に注意したにもかかわらず、一人が言い出し、もう一人が投げ始め・・・結局3人で投げてたようです。つまり3人の責任です。
すぐに二人の親を呼び3家族で謝りにいきました。。。
もちろんその後、ガラス代の請求が我が家にきて3家族折半。菓子折りつきでお詫びにいきました。。。

つい先日、近所のお友達とサッカーをしていて、お隣・・・といっても例のお隣じゃなくて分譲地内の道路を挟んだお隣さんね・・そのお宅のカーポートの雨どいを固定していた部品を破損。そのお友達のお母さんに呼ばれ、一緒にお隣にお詫びにいきました。
これはまだ部品がどうなるかわからない状態で一緒にやっていたお宅からの報告待ちです・・・。

男の子は絶対あるからね・・・といわれていたが・・既に3回。。( -.-) =зフウー
この先もまた何をやらかすやら・・・・
こういうのって平均どのくらいやるんでしょうね???

まぁ、今までのお宅、みんなご近所で、笑いながら「大丈夫よ~気にしないでくださいね~。男の子ならありがちだから~」と仰ってくださってましたが・・ほんと身が縮こまります・・・(_ _。)・・・

でもね、後からきちんと事情を聞くと(まぁ家の子から聞いた事だけど私はそれを信じてるけど)、最初の植木鉢は完璧我が子の責任だけど、石を投げ始めたのは家の子が最後だったようだし、サッカーのほうもね、そのお友達のお母さんが出かけるときに「ここでやっちゃ危ないから公園でやりなさい」って注意したらしいく。家の子はその子に「公園へいこう」と言ったらしい。だが、その子が「いやだ」といってそこで強引にやり続けたらしいのよ。だからって家の子が悪くないわけじゃない。一緒にやったんだから責任は一緒なんだけどね・・・。
どうして他の子をとめられなかったのか・・・・。どうして、他の子がやっても自分はやらないで我慢できなかったのか・・・。
情けない~~~~(ノ_-;)ハア…

家の子にも散々お説教いたしました。。もっと自分の意思をしっかり持て!!!と・・・。(;-_-) =3 フゥ

お母さん、もう謝りにいくのやだかんね!!!

きのう毎日で(BlogPet)

きのう毎日で、一晩を卒業する?
ただきょうサイファが毎日とここまで毎日がトイレご馳走した。
ただここに毎日はここへご馳走する?


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「サイファ」が書きました。

女子高への憧れ

高校へ進学する時、私は特別行きたい高校がなかった。
市内には2つ高校があったが、どちらも共学だった。
私は当時男子が苦手ということもあって、女子高へいきたかった。
しかも、宇都宮の女子高へいきたかったのだ。

さて、当時私が通っていた中学校ではだいたい受験する高校は3種類に分かれていた。
3分の1は市内のひとつの高校(K高校;一応進学校)、3分の1はもう片方の高校(ちょっと程度が落ちる)、そして残りの3分の1は学区外の高校へ散らばっていくのである。

県内でトップの高校といえば、宇高(男子校)と宇女校(女子高)。これはもううちの中学から入るのは相当難しい。いくら成績がよくても相当よくないと受験するのは難しい高校であった。
ので、この辺でそこそこ成績が良い生徒は学区外になってしまうが隣の市の女子高、男子校を受験した。この2校は県北では一番の進学校であった。ただし、学区内だと入るのは簡単だったらしいが・・・(汗)

他に宇都宮にいけば私の成績に相当する女子高はいくつかあったであろう。だが、私が希望したのは、この辺の生徒だと普通はすべり止めで受ける私立の商業高校だった。ちょっと程度が落ちるが別にそんなことは気にしなかった。というか、そのほうがむしろ楽だっただろうし・・・。

私はそこの女子高の商業科を希望していた。
理由として、大学に進学する気がなく、高校を卒業したらすぐに就職したかったため、それなりの専門の学科を受けたかったから。
そして、卒業後は絶対に東京へ進出したかったからである。

地元のK高校だと大概が卒業後進学、就職するにしてもほとんど地元の企業からしか求人はこない。宇都宮へ出ればそれだけ東京からの求人が多かったからである。
私はとにかく家から逃げ出したかった。もちろん都会への憧れもあったが・・・。
それともう一つ大きな理由として、これまでの自分を全く知らない人たちの世界に飛び込むことによって、自分を変えたかったというのがあった。少しでも積極的な自分になりたかったのだ。私の過去を知ってる人がたくさんいる中で、いきなり自分を変えるというのは大変難しいことだった・・。なので、中学の同級生がわんさかといくであろう地元のK高校には行きたくなかったのである。

しかし、私のこの希望に周りの大人たちは難色をしめしていた。
担任の先生、両親。どちらもよく思ってなかったのだ。
せっかくK高校に入れる成績なのに、なんでわざわざ宇都宮の・・それもちょっと学力的に落ちるその高校に入りたいのかと。
しかし、私の意志は固かった。別に進学校に入ったからってなんぼのもんじゃい!K高校に入るのがそんなに偉いのか? 確かに、K高校に合格すると当時社宅に住んでいたので、周りの奥様方は「○○ちゃんK高に合格したんだって?すごいわね~」って母に向かって言うであろう。母もその優越感を味わいたかったに違いない。
でも、K校ってさっきも書いたようにこの辺じゃ一応進学校だけど、別にそんな自慢できるような高校ではないと思う。特別狭き門じゃないし、うちの中学からも毎年3分の1の生徒はそこに入るんだから・・・。

最終的に両親は私の意志をくんでくれてた。ただ、条件として、その地元のK高も受験することを勧められた。それは、父がもし転勤になった場合のことを考えてだった。
その場合、公立の高校に合格していたほうが、転勤先でも有利に高校が選べるという話だった。これ、本当か嘘かは私にはわからないが・・・。

なので、私は私立の女子高と県立のK高校を受験することにきめた。
私立の女子高のほうはほとんどみんなすべり止めの意味で受けるのだが、私にとっては本番であった。たいてい私立の受験日は早い。2月ごろである。公立は県内一斉に3月に行われる。

私は私立の女子高の合格の切符をなんなく手に入れた。
母は早速入学金を払いに学校へ出向いてくれた。しかし、そこの事務の方に再三念を押されたらしい。
「本当にいいんですね? 公立が合格してもこちらに入学してくれるんですね?」
母は私の意志が固いことを承知していたのでその場で入学料を払ってきた。

そして3月。いよいよ公立高校の受験。
合格発表の日、私は発表を見に行かなかった。私にしてみれば、もう関係のないことだったからだ。親が見に行ったのか、それとも友達が教えてくれたのか忘れたが、とりあえず合格はしていた。
私の受験は終わった・・・・。めでたしめでたし・・・。


と、いくはずであった。
のだが!!!!問題はその合格発表の日に早速起きた。
母が、中学校に、公立への進学を辞退するという電話をいれたのだが、担任がそれを受け付けなかったのだ!
「そんなことはできない」といわれたそうである。
担任は私が私立の高校へいくことを知っていたし、承知していたはずだった。なのに、突然、その手続きの書類を書くのを拒否したらしい。

親は早速中学に直談判にいった。
「家の子がK高にたとえ合格しても、そこには行かないことはご承知してたはずです!」
だが、担任の意向かはたまた学校側の魂胆か・・・。
公立に合格したのに、それを蹴ることは来年からの受験に影響が出る!と・・・・。
そもそも、なんでそんな女子高に行きたいのか? この辺の子なら誰でもK高に行きたいと望む学校じゃないか! そもそも○○さんが合格したことで、落とされた生徒が1人いるんですよ。
担任はそう言ったらしい。
ちなみに、その年のK高の倍率は低かった、落ちたのは誰もいないとか一人だけだったとか・・そんな感じだったと思う。

確かに私が受けたせいで落ちた生徒がでたなら気の毒である。
だからといって、私はもう何ヶ月も前からこの高校はただ受験するだけ!そういう気持ちだっていうことは担任も知っていたはずである。

一悶着も二悶着もあったが、とにかく中学校側は結局書類を書くのを拒否し続けた。私はK高に通わなければいけない自体に陥ってしまったのだ。

K高を受験しなければ・・・・私は春休み中ずっと悩んだ。悩み続けていた。
母は、こうなってしまったのは仕方がない、諦めなさいと言ったが、そうそう簡単に気持ちの整理はつかなかった。共学なんて行きたくなかった。K高なんて私の頭の片隅にも入ってなかったのだから・・・。

K高の制服を作りにいくという母の言葉にも激しく抵抗した。
だが、無理矢理ひっぱっていかれ、数日後K高の制服ができあがってきた。私はもう観念するしかなかった。

そして4月・・・何日かもう忘れたが、K高の入学式に出る私の姿があった。
だが、このいやいや通うはめになったK高が、私の人生で一番楽しい時期になるとは・・・その時は想像もしていなかった。
そう、私の高校生活は友達にも恵まれ、とても充実した3年間となったのだ。最終的には行って良かったって思えるほどに・・・。

なので、今更、書類を書いてくれなかった中学教師を恨んではいない。
思い出すと腹はたつが・・・。
ただね、K高に入ったことにより私のその後の進路が少し変わってしまったというぐらいでね・・・。
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